投稿者: 佐野ヒロシ

  • 映画『カオス・ウォーキング』

    映画『カオス・ウォーキング』


    映画『カオス・ウォーキング』

    (C)2021 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved

    出だしは、自然ゆたかなアメリカのどこかを思わせる風景のなかで、やや風変りな男だけの集団の村がある。と、ここまでで、M.ナイト・シャマラン監督の「ヴィレッジ」を思わせる。集団にただよう閉塞感は同じだ。ただし、この映画の展開の中には、シャマラン映画についてまわる「寸詰まり」感がない、のが最終的に分かって高得点をあげたいと思う。

    この集団の男たちは、考えていることが他者に分かってしまう。それはそれで何かの暗喩らしい、と思う。実は、彼らは地球からの移住者たちで、この惑星の力で、考えがそとに漏れ出てしまう、ということになってしまったらしい。

    そこに、地球から後続の移住集団が近づいてくる。そして先遣隊の少女が偶然村にたどりついてしまう。

    だんだん、いくつかのことが分かってくる。たとえば、他にも集落があること。男は、他者に考えを読まれてしまう、という風に変異してしまうが、女にはそういう変異が起きていないので、女は考えを他者によまれてしまうことはない。

    男と女の違いを、こんな風に際立たせて話を進めていくこと自体、カリカチュアで、本来なら物議をかもしそうだ、と私は心配するが、ところがこの映画はSFで、ここは地球ではない、ということで、話はなめらかに進んでいく。

    いずれにせよ、このカリカチュアは成功したと思う。し、SFとしての最低限の満足もあった。

    ©hiroshi sano

    監督 サム・クァー
    公開 2021年7月

    (著作権)オリジナル画像の著作権の侵害を意図するものではありません。


  • 映画『燃えよ剣』

    映画『燃えよ剣』


    映画『燃えよ剣』

    原作は司馬遼太郎。
    映画は岡田准一扮する土方歳三の回想から始まる。桜田門外の変をさかいに明治維新前後の、激動の時代に突入していく。
    その時代、今の東京都日野市に生まれ育った土方がやがて近藤勇と知り合い、侍になりたい一心で剣の腕をみがき、幕臣に登用され、新選組で活躍し、やがて逆賊として官軍に追われて北海道で最後を迎える。
    新選組が関わる池田屋事件、蛤御門の変、大政奉還、戊辰戦争、ほとんどのイベントが年号付きで描かれていく。
    原作がしっかりしていそうなので、土方の生い立ちから、歴史的イベントにいたるまで、安心して観ていられた。
    しかし、全体のバランスの良さをみると、原田監督の力技がすごかったのではないかと思わせる。
    岡田准一をはじめ、ほとんどの俳優が、きっちり役柄にはまってもいて、それの見どころになっていた。
    ただ、正直いって、安心して観てはいたものの、幕末の政変の複雑な事情の説明は、ほとんど理解できなかった。尊王攘夷の内実がどんどん変わっていったり、朝廷の変節など、こみいった歴史的な叙述があるが、こちらの理解が追い付かないはやさで映画は進んでいた。
    しかし、繰り返すが、骨組みの堅固さは感じられたし、突出した感情の起伏もなく、岡田准一も過剰にならず、時代考証的な満足感もあって、意外に骨太のしっかりした映画だった。
    ただ、原作に関心があっても読んでいなかったので、この映画を、本を読むようにして観ていたのではないか、と今思う。
    原田監督はスケールお大きな映画をいつもつくるが、初期の映画のおもしろさとならべて、また味わいのある映画をつくった思った。

    監督 原田眞人
    公開 2021年11月


  • 映画『キャッシュトラック』

    映画『キャッシュトラック』


    映画『キャッシュトラック』

    (C) 2021 MIRAMAX DISTRIBUTION SERVICES, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

    予想以上に面白い映画だった。
    題名から、現金輸送トラックの話からとおもったら、そこは舞台で、本筋は男の復讐劇だった。話は入り組んでいるので、時間が前後したりして進んでいく。
    出だしの2カットで事件の起因となる出来事を描写する。まず町の俯瞰があって、カメラがパンダウンするとそこは現金輸送車の基地だ。次のカットは輸送車内部の固定カメラになって、乗務員の乗り込みから、基地を出発して現金の強奪にあう一部始終を記録する。なぜか、安い予算の工夫がいっぱいの映画を思い起こした。
    一転して、007も顔負けの、主演ジェイソン・ステイサムのさまざまな表情を使った派手なタイトルが始まる。
    その後は、低いビート音を効かせた音楽が途切れることなくつづいて、緊迫した映像を載せていく。
    要所要所にいつか見たようなストーリー展開がある。FBIも出てくるし、街のギャングも絡んでくるが、主人公にとっての本当の敵は、軍隊あがりの強盗集団と裏切り者だ。トランプのカードのようにいつもの要素を組み替えて観客の前に提供している、だけという見方のあるかもしれないが、今回の面白さは、どこかに秘密があるような気がする。
    まず、容赦のない殺しが行われるが、血の匂いがない。
    時間の流れどおりに描いていけばダレてしまう展開を、軍隊くずれの強盗集団の現金強奪計画についていえば、プランの段階であらゆる予想をさせて、かつ実際の犯行の合間に組み入れて説明ている。それが、主人公の側の事情のカットバックの手法と複雑に絡み合って、後半にいたって、合致する、といった構造になっている。この構造自体が多分、面白さの協力な味付けになっていると思う。
    ただし、突然出現する軍隊あがりの集団に無理があったり、主人公が、前触れもなく最後の最後で復讐を遂げてしまうなど、強引さがあるが、構成の強さが勝っているのでそうした欠点はあまり意味のないものになってしまっている。
    これは私の推測だが、監督はこれまでのジェイソン・ステイサムの映画をよく研究している。そして、まったくこわもてに見えないこの俳優をふかく信頼して映画を撮ったと思う。

    監督 ガイ・リチー
    公開 2021年11月


  • 映画『最後の決闘裁判』

    映画『最後の決闘裁判』


    映画『最後の決闘裁判』

    前知識なしで、映画を観てなるべく感じたままを書くようにしているが、この映画についてはその禁を犯して、ちょっとだけ制作のいきさつを事前に知ってしまった。
    それによると、ベースにあるのは黒沢明の「羅生門」。つまり、一つの出来事について三者三様のとらえ方があることを映画化すること。題材はひとりの女性を巡って二人の男が決闘すること。マット・デーモンとベン・アフレックが熱心に企画を持ち込んでリドリー・スコット監督が腰をあげた、ということらしい。
    で、映画の感想はというと、、
    迫力のある決闘シーンや中世の田園や泥だらけのパリなど、見どころもあって一応最後まで観てしまった。ただどこにも感動がなかったので、とまどって評をなかなか書くことが出来なかった。
    また事前に事情を知ったので、同じシーンをちょっとだけ演出を変えて再撮影すればよいので、ボリュームのわりには手間や予算が省ける、など余計なことを考えてみていた。
    しかし、いまになって考えると、根本的な欠陥があるかもしれないと思うようになった。
    この映画は簡単に言えば、男Aと男Bが、女Cに対してある思いをいだくが、その思いとは全く別のところに女Cの思いはあった、ということらしい。もっと簡単に言えば、性行為についてのAとBの思い込みは、女Cと全く相いれない、ということのようだ。つまり、全く理解力のない男への啓蒙の映画となっている。ので、そういう啓蒙映画としてつくられたのなら、成立はしている。
    ただし、三者三様の見方があるという永遠の真実は、深遠なテーマでもあって、それを提示する映画にはなっていなかった。
    仮定の話だが、男二人の心理をもうすこし深めていれば、啓蒙であることも成功したし、男たちの側にもなんらかの運命的な拘束があって、どうにも動かせない、3人の事情認識がきちんと描かれて、深遠な真実についての余韻を観客に残すことができたかもしれない。

    監督 リドリー・スコット
    公開 2021年10月

    © 2021.Hiroshi Sano


  • 映画『ひらいて』

    映画『ひらいて』


    映画『ひらいて』

    観始めてすぐに、わぁ~ドラマが始まった!と感激した。
    ドラマはあるがストーリーはない。
    フラッシュバックもないし、謎解きもないし、展開を正当化する解説もない。
    なぜなら、主人公の少女は気持ちのままに動いているから。
    そのくせ、好きになった男子生徒からは、うそを言っているといわれてしまう。
    ここにあるのは、こころが躍動するドラマだ。行き違いや挫折はある。うそもあればはかりごともある。苦悩もあれば、はい出せない穴におちこむ苦しみもある。救いがあるかどうかもわからない。
    しかし、こころの動きだけは、しっかりと描いている。
    主人公の活動もそれなりにあって、夜の学校に忍び込んで、意外な展開を見せるシーンや、好きになった男子生徒の彼女を篭絡するシーンなど、見どころもあって目が離せない。
    監督の手腕が大きいし、主役の山田杏奈の演技もよかったと思う。
    今後、高校を舞台にした青春映画を撮るなら、この映画も必ず観てからにしてほしいものだ。
    構成上でうまく使われていたのは、男子生徒の彼女が書いたいくつもの手紙だ。この手紙の文言がバックにながれることで、気持ちが飛躍したり、時間が戻ったりする。多分、言葉が豊かな原作のおかげで、映画の輝きが深みのあるものになっている。
    ただ、ひとこと言わせてもらえば、冒頭のカットと一番最後のカットが意味不明だった。それでも、この映画のよさは揺るがない。

    監督 首藤凜
    公開 2021年10月

    © 2021.Hiroshi Sano


  • 映画『Dune/デューン 砂の惑星』

    映画『Dune/デューン 砂の惑星』


    映画『Dune/デューン 砂の惑星』

    水と緑のうつくしい惑星から、砂だらけの惑星に、皇帝の命令によってアトレイデス家が移住させられるところから物語は始まる。
    スコットランド風の星から、アラビアの砂漠のような星に舞台は移って一体なにをもって物語を面白くさせるのだろう、という疑念をまず払拭するのがこの物語の根底に課せられている。
    そして、この映画(英語の題名では、Dune part1)の最後の方では、たしかに面白そうだ、という結論に至っている。
    いろいろ人間臭い物語が絡み合っているが、デューンと呼ばれる惑星の面白さをいかに深めるかが、この映画の成功を支えていると思う。
    そこにあるのはただ砂だけで、入り込む生き物の水分を容赦なく奪っていく。砂はスパイスと呼ばれて、じつはいろいろ有用な物質である、という設定はあるものの、過酷な環境であることには変わりない。
    主人公役のティモシー・シャラメは頼りなげだが、内に複雑なひだを感じさせ、目覚めによって強さを付けていく役をこなしている。
    その母親役のレベッカ・ファーガソンは、謎を秘めた芯の強い女性を演じている。
    第2部をまだ見ていないが、この二人が、デューンという惑星の面白さを探索していく、というのが映画のキモなのではないかと思ってた。
    そうだとすれば、この第1部は成功している。
    というか、SF映画として、硬質な奥行きを感じさせてこれまでにない満足感を高めていた。

    監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
    公開 2021年10月

    © 2021.Hiroshi Sano


  • 映画『由宇子の天秤』

    映画『由宇子の天秤』


    映画『由宇子の天秤』

    ついに出たか、と思わせるすばらしい映画。
    はじめの数分のゆるさ、をのぞけば、テーマも納得できるし、構成のよわそうなところもどうにか切りぬけていて、ほとんど破綻がないくエンディングに向かっていくので、単純におもしろい。
    学校でのセクハラや自殺事件を追求しているディレクターの女性が、自分の父親も似たようなというより、相似の出来事にかかわっているのを知って、一挙にドラマがむくむくと頭をもたげてくる、といった構成。
    結構おもしろいテーマがよこたわっていて、真実をつたえようとしたり、社会悪を追求しようとする当事者が、実は事件の渦中にまきこまれていく中で、何をどう伝えようとするのか、というかなり表現の本質をつくような問題意識を内包している。
    春本監督が制作している映画の中で、主人公の女性がテレビ局のためにスタッフと一緒にドキュメンターを制作していて、さらに、主人公自身が巻き込まれている事件について、主人公のスマホで撮影している、という3重の構造になっている。
    すばらしい映画、と書いたのは、あることが起きれば落とし前が必要なのが本来の映画だが、いくつもの細かい出来事を微塵の齟齬や苦労も見せることなくこなし尽くしていた。

    監督 春本雄二郎
    公開 2021年10月

    © 2021.Hiroshi Sano


  • 映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

    映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』


    映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

    魅力的な映画になっている。
    ちょっと特徴がある。このシリーズをミックスナッツに例えれば、ちょっと甘みのあるカシューナッツの配合を増やした、というおもむきだろうか。
    ラブストーリーの部分を厚くしすぎれば、アクションの部分がオチャラケっぽくなる可能性もあったとおもうが、バランスよく組み立てられている。
    そういう意味で、007というミックスナッツは、安泰だ。
    しかし、といってこれまでのダブルオーではない。
    イントロの重要なキーとなるシーンがおわり、本題にはいるとヒロイン役のレア・セドゥが車を運転するボンドを愛おし気にその髪を触る。そしてこの愛が破滅してしまうシーンの最後、二人が分かれるカットで、ヒロインはそっと自分のお腹に手をやる。この二つのカットが、この映画にまかれた種だ。
    ありきたりに言えば、ボンドがついに愛されてケアされる存在になってしまった、ということだろう。

    監督 キャリー・フクナガ
    公開 2021年9月

    © 2021.Hiroshi Sano


  • 映画『クーリエ最高機密の運び屋』

    映画『クーリエ最高機密の運び屋』


    映画『クーリエ 最高機密の運び屋』

    違う体制(ソ連と西側)に属していても、平和を願う同志の信頼は成立する、というのがテーマのようだ。
    そのテーマの実現に向けて映画はがむしゃらに進んでいく。そしてクライマックスの二人が確認しあうシーンで一応成功したと言えるのかもしれない。
    しかし、映画を観る側から言わせてもらうと、これが実話に基づくという前触れがしつこいハエのようにまとわりつく。
    おおかたの批評では、これ実話、すごい、ということになっているらしいが、映画はかならず脚色している。主人公をもりたてる害のない脚色は、他の映画ならいっぱいしている。
    しかし、信頼のもう一方が処刑されたというこの映画の現実を前にすると、ソ連がわの情報提供者の描き方が、ご都合主義で脚色されていたとしたら、残酷というか、映画のテーマを完結させるためのウソがどこまで許されるのだろうか、と不協和音をかかえて観終わった。
    この映画が嘘をついている、といっているわけではないし、その証拠も持ち合わせてはいない。しかし、ソ連の情報提供者も家族を大事にしている。だとしたら、亡命の手はずがもっと早く行われることを望んでいたのではないだろうか、と単純に思う。ところが、映画ではソ連人の都合でぎりぎりまで遅らせていることになってしまっていた。

    監督 サム・クァー
    公開 2021年7月


  • 映画『レミニセンス』

    映画『レミニセンス』


    映画『レミニセンス』

    舞台は(多分地球温暖化で)水没している高層都市マイアミ。そして、舞台装置は、人の記憶を可視化できる機械だ。
    惚れっぽい主人公が、失踪した女を追い求めていく映画。
    そしてクライマックスは、記憶再現装置の中で、女と愛を語り合うシーン。と、ここまで書くと、なんだか軽い印象だが、どうしてどうして、幾重にもなぞが絡み合った重量感のある映画。
    すべての登場人物が最後の謎解きに向かう伏線になっているのも見事だが、記憶再現装置がストーリーの展開の中で巧みに使われているのも感心させられる。
    通常フラッシュバックは、映画の中の当事者以外には、映画の観客しか知らないというのが、お約束ごとだが、記憶再現装置は、誰の記憶であれ、映画の他の登場人物たちにも等しく見れる設定になっている。そのおかげで、登場人物たちの動きが思いのほか豊かで説得力がある。さらにいくつものナゾが破綻なくつながりあっていく様は、よく練られた構成だと思わせる。
    水没しかけた線路を列車が走るシーンは、忘れもしない「千と千尋」を思い出させて、時空を導かれていくには、やはりこれなんだ、と思わせるシーンもあったりしてうれしい。
    その他登場人物たちもよく性格づけられていて、とくに主人公の助手役の女性は、主人公に想いをよせながら、危機の時は、銃撃で主人公を救うという腕前も持っている。
    二人とも戦争体験があって激しいサバイバルを体験してきたことをうかがわせるが、主人公は武器を使うことにはおくてで、助手の女性は、射撃でものごとを片付ける派という性格付けは、映画冒頭から設定されていて、それが全編を通じて生きている。
    かなり出来の良い映画だ。ただし、なぞが細かすぎて、観る側が気が抜けないのが欠点と言える。
    それでも、映画のさまざまな要素のバランスがよくて、映画のコクといったものを濃密にして、十分に楽しませてくれた。

    ©hiroshi sano

    監督 リサ・ジョイ
    公開 2021年9月